自然栽培のみかんを愛する消費者や、みかん農家の中では知らない人がいない、
熊本県玉東町の池田道明さんを、今年7月と9月に合計3度訪問させていただいた。
お恥ずかしいことに、当方は農業生産者の世界をほとんど知らない門外漢で
池田さんに引き合わせてくれたのも、菊池市「やまあい村」の放牧豚「走る豚」の生産者である武藤さん。
池田さんのみかん畑の様子を撮影させて頂こうと9月3日に訪問した際は、
8月下旬から線状降水帯の発生原因となる前線が九州北部に10日間ほど停滞していた時で、
この日も断続的に激しい雨が降っており、話の切り出しは自然に「水とみかんの関係」になった。
度を過ぎた雨は、とりわけ収穫前のみかんにとって、マイナスの影響しかもたらさないそうだ。
土中の水分がみかんに吸収され、実と外皮の間に空間ができる「浮皮」という状態になり味が落ち、痛みやすくなる。
特に、化学肥料によって過剰に窒素を取り込んでしまったみかんの木は、
その窒素分を薄めようと余計に水分を吸収してしまうとか。
この浮皮現象を食い止める方法があるそうで、代表格はホルモン剤の直接散布。
化学的な肥料で育てられる果樹は、最後まで人工的な方法で制御するしかないということなのだろう。
池田さんのみかんは、窒素などの肥料を人工的に与えることをしないため、このようなことがない。
しかし、ここで疑問が。野菜や果物の生育にとって、窒素は不可欠なのでは?
池田さんは無施肥という育て方なので、どのようにしているのか?
それは、みかん畑の雑草と呼ばれる蔦類(野葡萄、なずな、ヘクソカズラ、山芋)や、
6月には枯れてしまうカラスノエンドウ等が土に還り、みかんの木の栄養分を構成してくれるのだとか。
だから、池田さんはこれらの雑草を刈り取ることは滅多にしない。
今は、農薬で雑草を枯らしてしまうのが主流で、そうした畑はみかんの木の周りが茶色になっているので、一目瞭然。
では、自然栽培は果樹の放置かというと、全くそうではない。
木に卵を生みつける虫たち(カミキリムシ、アブラムシなど)の卵は樹皮の内側で幼虫となり、木を餌にして枯らしてしまう。
もちろん、これらを撃退する様々な農薬が存在する。
池田さんは農薬を一切使用しないので、畑を見まわり、
虫を見つけては取り除くという気が遠くなるような作業を繰り返していく。
農薬の中にはボルドー液という120年ぐらい前から使われてきた農薬もあり、
有機JASでは使用が認められているそうだ。池田さんはこれも使用しない。
みかんが育つ生態系に人工的に影響を与えるものは使用しないというスタイルを徹底しているのだ。
かといって、池田さんは孤高の人ではない。
むしろ自然農法を広めようと、熊本県内の農家だけでなく、全国の志ある生産者を招いて、
あるいは求めに応じてその農家を訪ねて、自らの経験を積極的に伝えようとしている。
現在、池田さんのご家族が以前住んでいた自宅を改造して、
各地から池田さんの元に学習しにくる生産者のための無料の合宿施設も準備しつつある。
「大袈裟に言えば、地球への恩返しですかねぇ」と、少し照れながらこうした活動の動機を語ってくれた。
▲作業場兼アトリエ
実は、池田さんにはプロの絵描きという、もう一つの顔がある。
今年も、銀座と熊本市で2度の個展を開いている。来春にも、銀座で個展を再度開くことが決まっているそうだ。
雨が降った日や、夕方などはカンバスに向かっているそうだ。
絵を描くことと、みかんを育てることはひと続きなのだ。
「自分の好きなことをするには、農業が一番よかですよ」と。
御夫人の由美さんは染色家。娘さんも、現在、大学院で絵の勉強をされている。
「娘にも、絵を続けるなら、農業が一番ばいって、いいよっとですが、さてどうなるですかねぇ」と、相好を崩された。
▲絵に取り組む池田さん
▲池田さんご夫妻
池田さんは、自分の畑で出会ったキジの物語を絵本している。
その本の後書きに、
「親の後をついで、みかん農家をやるのか、絵を続けるか迷った時期があった。
その時、今に繋がる生き方へ自分の背中を押してくれたのが、農業と文学活動を両立させた宮沢賢治だった」と記されている。